上興院(真言宗御室派)

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ねがい
   お大師様は
   虚空尽き 衆生尽き 涅槃尽きなば
   我が願いも尽きん


   とおっしゃられています。これは、この世界が無くなり、人間はもとより全ての命ある者が居なくなり、仏の世界も無くならない限り、私の願いも尽きないとおっしゃられたのです。

   それでは、お大師様の願いとはいったい何なのでしょうか。それは、全ての者が平和に暮らせる世界を作ること,すなわち仏の世界の実現にあるのです。しかしながら,今の世の中はどうでしょうか。お大師様がご覧になったらなんと思われるでしょう。私たちは物の価値を計るとき、高い物が良い物で安い物は悪い物といった価値基準で物を見ていないでしょうか。また、人を見たときもお金がある人が偉い人で、もっていない人はだめな人と思っていないでしょうか。先だって,ある小学校の卒業生の、将来の抱負について語っているビデオを見る機会がありましたが、その中でお金持ちに成りたいと言っている子供が多数見受けられました。これは子供たちの責任ではなく、私たち大人の責任で在ると思います。今、私たちに大人は、これからの子供たちにとって何が大切なのかを考え、本当の幸せとは何かを問い直すときが来ていると思います。二十一世紀の有るべき姿を今一度考え、お大師様の理想とされた「密厳国土(みつごんこくど)」すなわち、仏様の世界の実現が成されるように、私たち一人一人が誠実に生きることが必要だと思います。

   当山に大師堂を建立されたご先祖の思いを胸に、百年の時の流れにも変わらない皆さんのご信仰で、すばらしい世界の実現を願って止みません。

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かわき
   私たちの住む娑婆世界は、仏様の世界と違い、余りにも殺伐とした、悲しみと苦しみの世界です。しかし、この娑婆世界においても仏はいらっしゃり、私たち衆生を救おうとして下さるのです。

   戦後の日本は物質文明を尊重することに多くの努力を払い、正しい事と考えてきてしまいました。そしていつか大切なものをどこかに忘れてきたように思います。

   植物が水を必要とし、自然の恵みの雨と日の光を浴びることにより生き生きと成長するように、私たち人間も潤いを必要としています。これが無くなると、衆生の心が枯れ、荒んだ人びとで溢れる事と成るでしょう。そしてそんな世界では仏様を見ることが出来なくなってしまうのです。仏様は、私たちを救おうとされ様々なものに姿を変えて私たちの前に現れて下さるのです。

   野に咲く一輪の花でほっとした事はありませんか。思い悩んでいるときに、勇気を与えてくれたり、つらいときに励ましの言葉で慰めてくれたりされたことはありませんか。それらは仏様が姿を変えて救って下さっているのです。けれども、私たちの心が乾いてしまった時には、砂漠に水を撒くようなもので、仏様を感じる事が出来ないのです。これでは、どんなに仏様が私たちを救おうとして下さっても、無駄に成ってしまいます。けれども私たちはいつでも心の渇きから逃れることが出来るのです。

   それは、今一度自分の心をゆっくりと見つめ直すことで本当に大切なものが見えてくるはずです。それが見えたとき、私たちの心は潤い、仏様の姿を見ることが出来る、豊かな心を持った人となれることでしょう。

オンリーワン
   近年流行っている歌謡曲に『世界に一つだけの花』と言う歌があります。スマップの歌う曲で、「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」という歌詞があります。

   ナンバーワンは頂点に立つこと、オンリーワンはそれぞれ個性があって、その個性を認めることだと思います。それはそれで良いことなのですがナンバーワンになることは、他のものに勝つことであり、当然そこには敗者が居るのです。それではオンリーワンはどうでしょう。競争するのではなく、それぞれが個性を出すことを言っているのですが、やはりそこは個人の世界になってしまうのです。

   それでは、私たちはどうあるべきなのでしょうか。真言宗に曼荼羅(まんだら)というものが有ります。これは、たくさんの仏様を書いたものですが、お大師様はこれが理想の世界を表していると仰いました。曼荼羅の仏様にも優劣があり、それぞれの個性が有ります。それが何故理想の世界、究極の姿なのでしょうか。それは、曼荼羅の表しているものは、協調の世界だからなのです。自分一人だけでもなく、全てのものが渾然と一体になっているからなのです。自分だけがよければ良いのではなく、周りが良くなれば自分も良くなれる。仏の目で物事を見たならば、人間も動物も草や木も全て同じ一つの命であり、それぞれが係わり合い、助け合っている世界が曼荼羅の世界なのです。全てが一つ一つの命で繋がり、大きな命となって生きているのです。

   今一度私たちの生活を見直し、一つ一つの者の命について考えてみることが大切だと思います。ナンバーワンでもなく、オンリーワンでもなく、すべてが一つのエブリーワンとして世界を見てください。

心のバランス
   宗教とはいったいなんでしょう。生きていくこととは、いったい何なんでしょうか。皆さんはそんなことを考えたことがありますか。

   私たちは生きて行くうえで、さまざまなものを必要としています。空気や水はもちろんのこと、食べるものも大切です。寒さを防ぐための衣服や、様々な物から守ってくれる家も必要でしょう。それは自然のバランスが保たれているからこそ、手に入れることが出来るものなのです。いったんこのバランスが崩れると、飢饉になって食べ物を口にすることも、水を飲むことも出来なくなってしまい、身体のバランスを崩して病気になったり命を落とすこともあるでしょう。

   それと同様に、私たちの心もバランスが取れていることが大切なことなのです。邪心を起こして他人を騙したり、嘘をついたりすることがなんとも感じなくなり、人を信じることが出来なくなり、争い事の絶えない世の中と成ってしまうことでしょう。このような心を戒め、慈悲の心を教えてくれるものが宗教なのです。しかし宗教だけでもやはり生きてゆくことは出来ないでしょう。仏教では、「中道」と言う言葉で表しますが、分かりやすく言うと「えーかげん」にすればよいということなのです。「えーかげん」とはちょうど良い加減のことで、偏ることなく必要なものを必要なだけ持ちなさいと教えているのです。

   現代社会は、時間や効率が優先され、心にゆとりが無くなっています。すこし「えーかげん」にして、心のバランスを摂ることをしてみてはいかがでしょうか。